釉薬の欠点
釉薬は、陶磁器の素地の上にかかり、液体、ガス体を浸透しないガラス状の被膜を構成して、釉光、釉面、釉亮、釉色などという特色を表現し、陶磁器としての、実用的にも美的にも価値づけられた性状を発揮して、陶磁器鑑賞の中心になっているが、反面において鑑賞上、使用上、常に欠点が見出されやすく、また製造上において最も欠点が出やすいために「釉の欠陥」に関して製作家が常に悩まされるのである。
しかし釉の欠点とされているものの特徴を利用して、逆に「ヒビ焼」「サメハダ焼」「カイラギ」「ツヤケシ」など陶磁器の装飾的効果を上げているものも少なくない。
「釉の欠点」について、製作者が平常たたえている名称を挙げて見れば(地方によって名称が変わっているところはある)
1.「ヒビ」(貫入)(罅裂)(亀裂)
2.「釉ハゲ」(剥裂)(剥離)(釉トビ)(虫食い)(釉メクレ)
3.「クモリ」(失透)
4.「ツヤケシ」(マット)
5.「ツボサシ」(柚子ハダ)(ピンホール)
6.「ナダレ」(ナガレ)
7.「チヂレ」(サメハダ)(カイラギ)
8.「ボロ」「黒ボツ」「灰被リ」「ザラツキ」
9.「シミ」「酔イ」「黄バミ」「ゴホン」「片身ガワリ」
10.「泡」(ブク)(ニエ)
その他釉の種類によって色々な欠点がありるが余りに複雑になるから、上記の欠点について、その成因について概略を加えて見よう。
釉薬が素地に施されて、窯に焼かれる際に温度が上昇するに従い、固化し、熔化し、熔融していって、種々その状態を変化して行くものであるから、釉及び素地の組成、分子の細粗、焼成状態の差異によって変わる。
窯内における、温度上昇に伴い変化する、釉調を図示すると下図のとおりである。
1.熔化しないままの状態
2.熔化当初の状態

3.熔化が進み、熔融し初める状態

4.熔融してしまったた状態 釉泡が盛んに発出する

5.熔融が進み、釉調が均一状を呈する。釉泡存す
6.釉調均一となり釉泡もなくなった祭(窯焚き上げ)
7.焼き過ぎたため再び泡を生じてしまった状態
図のように、釉の熔化当初は急激な釉の収縮のため、釉に亀裂を生じ、もし釉の性状が素地との付着力が少ない時にはこの時に素地から剥がれる、いわゆる「釉飛び」が起きる。
熔化が進んで熔融してくると、角がとれ、次第に亀裂したところも熔合して一様となる。しかし素地及び釉からの揮発性の物質が徐々に発散して釉中に泡となって存在する。また釉泡は釉の粘性が少ない時は早く発出するが、粘性の多い釉ではなかなか発出しない。陶磁器が焼成される祭に、窯が焼成温度に達していても「ねらし焚」といって、釉泡を発散させるため、釉が融液状を保持する程度の温度で温度を保持して焼成を持続する。
釉が溶け過ぎると、釉のガラス組成、素地の状態、釉と素地との融合状態の変化等によって、釉は流下し、「釉ニエ」と称する泡が出来る。また「ブク」と言われる素地及び釉の「フクレ」を生じる
しかしこれらの状態は、釉の組成、釉の混合の仕方、釉の各成分の粒子の関係、素地の性質、温度の上昇の程度、焼かれる時の窯内のガスの状態、通気の状態等によって、作用の激しいものと、緩やかなものとがある。
上記のように窯で焼かれる時の釉調の変化と、焼かれたものが冷却される時の緩急の状態によって釉調の変化、釉の欠点などが起きるのである。
釉が焼成された後「貫入」及び「剥離」が生じる事は、従来一般に釉薬と素地との熱膨張率の差による。すなわち釉と素地とが冷却に際して収縮する時に、収縮割合の差によって出来るといわれ、また釉薬の弾性とか、強靭性とかいう係数も大いに関係がある。しかし、この問題はなかなか面倒な問題で簡単に決める訳にはいかない。
最近(昭和10年当時)も、イギリスのメラー博士によって論述された「釉の(貫入)、(剥離)について」で次のような項目について論述している。いかに複雑であるかがうかがえると思う。
(1)緒論
(2)素地と釉の熱膨張係数 - これらの係数に対する温度の影響、これらの係数の大きさの相違によって起きる歪みの性質、熱的歪による素地の機械的強度の減少、
(3)亀裂及び剥離の擬態 - 外観上亀裂のように見える剥離、完全な釉も剥離を起こす。剥離らしく見える亀裂。
(4)釉の弾性あるいは粘靭性 - 釉の弾性に及ぼす組成変化の影響。
(5)亀裂及び剥離の機構 - 釉、素地の内歪、熱膨張係数及び弾性の間の関系、亀裂及び剥離に対する表面の曲線の影響、亀裂に対する釉の厚さの変化の影響。
(6)釉の凝結、釉の粘度 - 釉は徐々に軟化点を有する凝結した液体である。冷却しつつある釉は3種の状態すなわち
(a)流動性液体
(b)粘靭性液体
(c)脆弱な固体を通過する、釉の物理的性質に対する温度の影響、釉の粘度に対するその組成の影響、温度の上昇に伴う素地の徐々の軟化、素地と釉の内歪に及ぼす凝結温度の影響、釉の軟化点の測定法。
(7)釉の後期収縮と後期亀裂 - 釉焼窯またはエナメル窯で冷却した時に、釉がその真の容積になっていくのには非常に時間がかかる。釉は一度熱せられたものであるから非常に時間を経過して初めてその真の容積になる、釉が非常に時日を経ている間に収縮(後期)することすなわち釉焼窯から出た時は完全に見えた釉でも後日において亀裂を現わしてくるのである。いわゆる「後貫入」である。焼成してから時日を経過する釉とそのままの釉との示す性質上の相違点。
(8)釉と素地との交渉-釉焼中における釉の作用による素地の溶解、釉中における素地の溶液の結晶、釉中における素地の溶解は素地との間に中間帯を十分発達させる事が必要である。磁器化素地、一回焼成した器物の亀裂、釉を厚く施した方が薄い時よりも亀裂の可能性が大である。下絵具との場合。
(9)亀裂に対する釉の重量の影響 - 厚くかかった釉と薄くかかった釉の亀裂。
(10)亀裂に対する冷却速度または再加熱の影響 - 急冷による過大なる脆弱性、急冷釉における非常なる歪(釉焼またはエナメル窯)器物をエナメル窯で加熱した時の釉と素地の不等膨張によって起こる歪、ガラス及び釉における歪の説明、冷却歪の測定、ガラス及び釉における歪の解ける速さ、マッフル窯で加熱した時の器物上の歪の大きさ、エナメル窯の歪み。
(11)亀裂に対する素地の気孔率の影響、気孔率に対する焼成法の影響、熱膨張係数に対する気孔率の影響、磁器化しない素地においては硬焼又は長時間焼成は亀裂の傾向を減ずるが磁器ではこれと反対である。
(12)亀裂に対する素地の組織への影響 - 亀裂に対する製造法の影響(鋳込泥漿の重量、フィルタープレスに用いる泥漿の重量、粉末すなわち乾式圧搾成形による器物、ロクロ成形品、各種の亀裂の形、一定の等高線を有する亀裂、中国の罅焼。
(13)釉がある場所で亀裂し、場所が代れば亀裂しないことがある理由 - 釉及び素地の不均質性、妨げられた反応、熔融長石中における石英の溶解度、釉の後期行為に対する各種の方法における釉の調合法の影響。
(14)亀裂剥落に対する、素地中の珪酸の割合と細度との変化の影響 - 素地中に珪石の割合を多くすれば亀裂を防ぐ。細度が小さければ亀裂を助け、粉砕しすぎれば剥離を助ける。
(15)珪石の細度を高めれば何故亀裂を防げるのか。締焼窯において、珪石と他の素地成分との間の反応は粒子の表面においてのみ起こり得る。珪石の細度を高めれば接触面を著しく拡大する。故に珪石の細度の増大は珪石を増量することと等しくなる。
(16)珪石及び石英の厚さ - 実際及び理論、製造方法における失敗。
(a)原料配合における失敗。
(b)珪石の準備における失敗。
(17)珪酸の「か焼」とその性質に及ぼす影響 - 珪酸の高比重形態と低比重形態、珪酸の変化自在の形態、珪酸の三形態すなわち石英、クリストバラスト及びトリジマイトの構造上の相違、珪酸の転移のある影響。
(18)珪石の「か焼」温度とその素地に対する作用に及ぼす影響 - 珪石の「か焼」に対しての
(a)熱膨張率
(b)比重
(c)泥漿の重量
(d)粉砕原料の粒子の大きさ
(e)素地の焼締り速度に及ぼす影響
(19)素地の組成上の変化の完全化に対する影響。
(a)珪酸
(b)長石又はコーニッシュストーン
(c)ムライト及び藍晶石
(d)ボールクレーまたはチャイナクレー
(e)石灰及び白雲石
(f)凍石及び滑石
(g)苦土(マグネシア)
(h)粉砕物
(i)焼粉の割合の変化の影響。素地の三成分すなわち粘土、熔剤、及び珪石又は石英を変化させることの影響、三角図表、分子式、非磁器質素地、磁器質素地、骨灰磁器。
(20)釉の組成上の変化の完全性に対する影響 - 特質的データを得る事の困難なことと、徹底的な試験をすれば洪大なる仕事になる。
珪酸、チタニア、ジルコニア、アルミナ(粘土として)、長石、コーニッシュストーン、硼酸、着色酸化物、酸化第二鉄、塩基及び熔剤 - ソーダ、カリ、リチウム、石灰、弗化カルシウム、骨灰、及び水晶石、ストロンチウム、バライタ、ベリリウム、マグネシア、酸化亜鉛、酸化カドニウム、酸化錫、酸化鉛の影響。
(21)亀裂及び剥離に対するゼーゲルの法則 - ゼーガーが行った重要な研究、批判、診断のない薬。二、三の矯救的処置。
(a)素地(釉を一定にした場合)に対する変更。
(b)釉(素地を一定にした場合)に対する変更。
(22)突発的亀裂 - 突発的欠点。
(23)施釉タイルの使用中における亀裂 -
(a)背部に用いるセメントの影響 - 乾燥機中に、凝結硬化した水硬性セメントは悪く収縮する傾向があって、床タイルの背部を焼き締める - ピンチ効果 - そのために釉に歪みを起し、亀裂を生じる。
(24)施釉タイルの使用中における亀裂
(24) (a)タイルに対する水の影響 - 高圧蒸気を素地に作用させると数時間中に素地は少し膨張するが、釉はほとんど又は全く変化しない。その結果亀裂を生じる。冷水でも長く作用させれば同様の効果を起すという確証がある。
(25)亀裂傾向の測定法 - 亀裂に対する試験 - 亀裂に対する素地の抵抗性を測定する方法は施釉素地中の歪みを検出する方法である。既に提唱されている方法、浸漬試験。
(a)湿式試験法 - 加熱後沸騰水または塩類溶液中に浸漬し、一定時間例えば2時間加熱した後に加熱蒸気中に浸漬し、次にまた2時間以上加熱して浸漬するという様に次第次第に加熱時間を長くして、加熱浸漬を反覆して亀裂発生したら止める。
(b)乾式法 - 器物を適当な炉で一定時間加熱した後、冷処に出し、この操作を反覆して亀裂が発生したら止める。あるいは2度めには温度を10℃または20℃上げるという様に次第次第に温度を上げていく方法もある。
以上のように、釉の亀裂剥裂び成因は複雑であり、貫入の種類もなかなか多い。
中国では貫入の事を「開片」とも「紋」ともいって、大きいものを「大開片」といい、「大開片」の蟹の爪で掻いたような、A図のようなものを蟹爪紋といい、氷裂のようなものを氷裂紋ともいう。
B図のように柳の葉のような開片を柳葉紋と称している。なお貫入が明瞭に多く出ているものを「百汲砕」ともいう。
(C)図が百汲砕である。
(D)の如ように非常に細かい、魚卵のようなものを魚子紋といっている。
また小開片が六角形をしているものを亀甲紋ともいう。開片で郎窯の開片または我が国の古薩摩などのように厚釉の開片で、キラキラと光を出すものを「蜻蜒翅(せいえんし、トンボの長い羽根)」という。
中国では魚子紋という中に、開片でなく、彩料で魚子紋調になったものが、炉鈞窯にある。
釉の剥列が大きく「メクレ」たものは、中国では崩釉といっている、五彩瓷ではよく見受けられる欠点である、部分的に「メクレ」たものを縮釉といって、我が国では「虫食い」と言い、明代の青花瓷にはよく見受けられる欠点である。
「クモリ」「艶消し」などの欠点は我が国および中国では。あまりやかましく言っていないが、「ツボサシ」我が国では「柚子肌」と言う。これは外国では「ピンホール」といって釉の欠点として非常に嫌う。しかし我が国では抹茶碗特に黒楽の茶碗などには「柚子ハダ」が出ていないと珍重しない。中国では「棕眼(しゅがん)」といい、やや大きく縮みへこんだものを「髪眼」という。棕眼のなかで凹点が浅くて滋潤のあるものを「橘眼(きつがん)」といっている。また小さくて滋潤のないものは粟紋といっている。
釉の「ナダレ」または「ナガレ」は、熔融が過度になったために起こる現象であって、釉が流下して、ろうそくの蝋の垂れた様なものを鼻涕釉といい、まっすぐな「ナダレ」を「涙痕」ともいう。またクネクネと流下した「ナダレ」を蚯蚓(きゅういんミミズのこと)走泥紋」とも、これを略して蚓走紋ともいう。短くて細く屈曲した「ナダレ」を「断線紋」といい、釉が厚く暗赤紫色の細く牛毛の「ナダレ」のようなものを「牛毛紋」という。これは郎窯瓷に多く出来る。
また細くて黒白又は褐色の兎の毛のような「ナダレ」を兎毫紋(とごうもん)とも兎絲紋(としもん)ともいう。これは建盞または鈞窯系の釉調によく出る。
また「泥均釉」と「宣均釉」とは、我が国では何れも「海鼠(なまこ)手」として判然たる区別をしていない。釉色は似ているが、釉調が、特に「ナダレ」において、泥均釉は鈞窯釉と同じように、蚓走紋、兎毫紋が出ているが、宣均窯はむしろ「雲班紋」と称する、「ナダレ」ではなく、ムラムラと雲の班の様な釉調をしている。故に中国人は、これによって判然と別けている。
元来釉紋としての「ナダレ」は、釉が熔融する祭に、二種以上の異なった組成が出来て、熔融度の低いものが「ナダレ」となって流下するのである。炉鈞窯釉などの「ナダレ」は、初めから異なった組成の釉をかけ別けにしている。すなわち熔融度の高いものを下掛けとし、弱いもの程上に掛けていくのである。
「チヂレ」は、我が国で「鮫(さめ)ハダ」といい、相馬焼などで見る。また、朝鮮茶碗の大名物の井戸茶碗に出る「カイラギ」などにもこの種であって、これは釉の未熔による現象である。
「ボロ」は「黒ボツ」とか「灰被り」とか「ザラメキ」とか、色々と名付けられる釉の欠点であって、これは燃焼ガスとか、燃料の灰とか、窯土などが釉面に付着して出来る。
「シミ」「黄バミ」「酔い」「御本」「片身変わり」などは、すべて燃焼の失敗に基づくものであって、焼成の際の無理な焼成焔作用、及び焼成未熟の欠点というべきである。
「泡」「ブク」「ニエ」は全て釉泡に基づく欠点である。釉泡でも釉中にあって、釉面が凹まないものである。その釉泡の浅く大きなものを「水眼」と称して中国ではこの釉調のものを「曠代一遇の絶品」として珍賞する。
もしこれが小さいものは「水星」といってまた喜ばれる。しかし釉泡がブクブク突起するものは「ブク」といい、中国では暴釉として非常に嫌う。
釉に鉄または銅塩が多量に入っている祭に、釉泡の部分のみが泡内のガスによって、金属塩が析出し、鉄塩では「油滴」銅塩では「苔点」などが出来る。何れも珍賞される。

