軟火度釉

 次に従来陶器に応用されている、主な釉薬について、その組成、性状、釉調を略述してみる。

 1.エジプト、西域の珪酸ソーダ釉

 天然ソーダを用いた珪酸ソーダ釉は、古代エジプトのガラスとほとんどその成分が同一であって、エジプトガラスの成分は
 (紀元前 1400年、エジプト テル、エル、アマルナー発見)
       (第一)     (第二)
 珪 酸    63.72       63.86
 礬 土    1.04       0.65
 酸化鉄    0.54       0.67
 石 灰    9.13       7.86
 苦 土    5.20       4.18
 ソーダ    20.63       22.66
 カ リ    0.41       0.80
  計    100.67      100.98

 天然ソーダは色々とその成分が違っているが、「ハゲン」ソーダ沼から産出する天然ソーダは、
 水 分   37.0
 不溶物   45.0
 総塩分   12.0
 この不溶物の中には、珪酸、礬土、鉄、石灰、苦土、有機物を含有している。

 故に天然ソーダと砂、もしくは土とを混ぜてガラスを作れば、上記の様なガラスとなるのである。
 またペルシャの陶釉では、ソーダ分を草の灰から摂取して応用している。
 ペルシャの陶釉に関して、ペルシャ、テヘランの「ユ・エ・マホメッド」(Ustad Ali Mohamed)により、「ケシイー」(K ashi)の陶器製造に関する記録が書かれており、これによると、

 ペルシャ陶の釉料は、「厚岸草」(Shoora-idra bani)を焼いて灰にして、これを湯に浸して可溶性成分を分離し、煮詰めるか、または結晶させて、「アルカリ」分を摂取する。この「アルカリ」と珪岩の一種である(Sengi-chekhmag)石の細磨物とを等量、または石が1倍半の程度で混合して熔かし、ガラスすなわち「フリット」として釉薬としている。

 2.メソポタミア、中国の珪酸鉛釉

 「メソポタミア」にて創製され、西域方面一体及び中国漢唐代に伝わった珪酸鉛釉は、砂または土に鉛塩として、方鉛鉱(ガレナ)、蜜陀僧、鉛丹、鉛白等が混和されたものであって、その成分の一例として、中国漢代の緑釉の成分を挙げて見ると、
     漢代緑釉
   珪 酸   29.91
   酸化鉛   65.45
   酸化銅   2.60
   不純物   1.75
    計    98.71

中国では、
 六朝、唐代と移るにつれ、釉は精製され焼成火度も高くなって、含鉛量も少なくなり、礬土、石灰、ソーダ分などの混入が認められる。
 漢代陶器の釉色は主として緑色と褐色のものであったが、唐代になってから、この2色の外に白色、黄色の釉が応用され、まれに藍三彩手といわれる藍色釉の交ったものがある。
 緑色は銅塩の着色であり、黄、褐色は鉄塩である。鮮黄色は「アンチモン」塩を含むもの、藍色は「コバルト」塩であって、中国では回青と称する。西域産出の彩料を用いたものと考察出来る。
 初期のものが緑色と褐色なのは、素地土が精選されず赤褐色を呈し、釉は透明だけれども素地土の色が表われて褐色を呈したので、銅による青釉のみが地色を出さずに焼成されたため、着色釉として認められたのであろう。唐代に入ってからは、素地土も白色のものが多くできるようになり、また化粧掛法も応用されたから、多彩の釉色が鮮やかとなったと伝える。
 また「バビロニア」で創製され、中世紀にイタリア「マジョリカ」陶にて盛んに応用された失透釉、これは珪酸鉛釉に錫塩を混入して失透性を出した釉であって、素地の色の如何にかかわらず自由に麗しき着色ができて、後年欧州彩瓷の隆盛はこれがその基をなしたとも伝えられる。組成分は、透明珪酸鉛釉に酸化錫として、5%から、10%内外が混和されたものである。錫塩は普通鉛と錫によりなる「錫灰」を用いられていた。

 マジョリカ釉の成分
  0~0.5PbO            2.0~5.0SiO
  0~0.5NaO   0~0.3Al3    0.5SuO

強火度釉

 中国の創製に始まり、唐から宋にかけて大いなる進歩発展をとげた灰釉とは、樹木の灰類を熔剤として用いる釉薬のことで、普通珪石質、長石質の岩石、または粘土に樹木の灰を加えて調製されたものである。鉛釉に比べて焼成火度が高く、摂氏1200℃以上で焼成するため、鉛釉を低火度釉(軟火度釉もしくは弱火度釉)とするのに対し、灰釉を高火度釉(強火度釉もしくは強火度釉)と呼んでいる。

 樹木の灰は、樹木、樹皮等を焼いて生じた灰を水篏し、その粗粒または余燼を除くと共に可溶性の塩類を溶去して用いるのであって、精器を作るためにはなるべく鉄分が少なく、石灰分の多いものが選択される。我が国で最も良質のものとしては、宮崎県に多く産する柞灰が採用される。昔から用いられている灰は、松柏樹、柑橘樹、椿、躑躅(ツツジ)類、柞(イス)、欅(ケヤキ)、栗、楢(ナラ)、等の石灰質灰類及び竹、藁、羊歯(シダ)、草類の珪酸質灰、木根、芋、卵殻、獣骨等の燐酸質灰類が用いられる。

 我が国では、地方で使用されている灰類が色々と異なっており、京都の柞灰、有田の香橙灰、尾張の栗皮灰、九谷の羊婆(イツキ)灰、会津の欅灰、薩摩の楢灰、萬古のいちい灰等があり、その他土灰、紺屋灰などが用いられる。また中国では景徳鎭の鳳尾草龍泉の枳殻の灰、鼎山の「窯汁」なども特殊なものである。

 樹木の灰の成分はもちろんその樹木によって異なるが、ここに興味ある事は一本の樹でもその根の灰、幹の灰、あるいは枝葉の灰によって成分が異なる事である。灰成分のうち根の方は燐酸分が多く、幹は珪酸分が多い。枝葉とか、樹皮とかになると石灰分が多いのである。秋になって樹木の枝や葉が落ちると、それらは石灰分を多く含んでいるため肥料の効果を現わす。これは植物が動物と違って動く訳に行かないから、自分の栄養分を摂るためには自分で自分を養って行く必要上、こういう具合に自然にうまく出来ているのである。

 同じ樹木の灰でもその根幹枝葉によって成分の含有が大いに異なってくる。したがってそれらで造った釉薬もまたそれぞれ違った性質を持っているのである。例えば、透明質の白釉には石灰分の多い灰が良いので、枝葉とか、樹木の灰を使うのであるが、とりわけ石灰分の多い栗皮灰であるとか、柞、欅、躑躅、椿の皮、枝葉の灰は特に透明質の釉薬に選ばれるのである。これに対して失透釉には珪酸分あるいは燐酸分の多いものを必要とするので、根や幹の灰、あるいは珪酸分の多い藁、籾、草の灰、燐酸分の多い卵の殻や、芋の灰が応用される訳である。

 草木の灰の分析を示せば、


 
灼熱
減量
珪酸
 
燐酸
 
酸化マンガン アルミナ  酸化鉄
 
石灰
 
マグネシア カリ  ソーダ
 
炭酸
 
合計
 
高梁灰 11.16 63.55 ―― ――  7.15  2.89  6.94  4.26 3.83 ―― 99.76
藁 灰 ―― 74.00 2.10 ―― ――  1.40  2.30  1.80  4.50  0.90 ―― 87.00
紺屋灰 ―― 37.28  ―― ―― ――  9.11 19.26  5.25  3.09  1.04 19.68 95.71
楢 灰 ―― 8.42  ―― ――  4.79  3.30 42.77  2.42  0.74  0.22 34.15 96.80
柞 灰 ―― 31.57  0.45 ――  1.62  0.49 35.47  1.44  0.17  0.09 25.86 97.16
柞 灰 ―― 10.65  3.61 ―― ――  0.24 38.27  2.90 ―― ―― 26.85 90.75
土 灰 27.32 22.08 5.95  1.20 34.60  5.56 3.20 ―― 100.00
土 灰 34.32 14.08  2.14 0.41  3.69  1.94 35.90  5.44  1.49  0.55 ―― 99.97


 さて、この灰釉の起源については中国では何等なる文献もなく、ここに確然と決定を与える事は出来ないが、技術的方面から推察して、古く土器焼成の際に、恐らく偶然に、燃料である薪材の灰が土器の表面の一部分にかかって素地の珪酸分と結合し、ガラス化して釉を構成したものと推測される。食塩釉が炻器に応用された事、すなわち食塩を焚口において揮発させると、その食塩からのアルカリガスが素地の珪酸分と融合して釉を構成する。これは中国において始めて出来た灰釉の原理と同じと見てよい。もっとも灰釉は相当の高火度でなければ熔融しないものであるが、少量の塩分すなわち、塩化ソーダが加わればずっと低い火度でも熔けるものである。特に古来南方中国で行っているような、傾斜度の強い窯、通風力の強い窯で、松、杉等の長焔性の薪材で焼いた場合は、熱の上昇は非常に容易で、灰が粘土素地の上で熔けて釉となる事は大いにあり得る事である。しかし北方中国のように通風力の弱い、良質の薪材に乏しい窯では、焼成技術がよほど進歩しなければ灰釉はできない。故に灰釉の発達はどうしても南方中国に起こって、次第に北方に伝わったものと考えねばならない。
 ともかく、灰釉はかかる事実を起源として、その後次第に進歩発達し、唐宋に至って中国が誇りとする各種の高火度単彩釉が生まれ、磁器の創製をも見るに至ったのである。